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広島地方裁判所 昭和44年(行ウ)6号 判決 1971年3月24日

原告

片山薫

被告

広島刑務所長

福山繁雄

被告

代表者

小林武治

被告両名指定代理人

平山勝信

外六名

主文

被告国は、原告に対し三、〇〇〇円を支払え。

原告の、被告国に対するその他の請求および被告広島刑務所長に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告広島刑務所長との間に生じた分は全部原告の負担とし、原告と被告国との間に生じた分はこれを一〇分し、その一を被告国の負担とし、その他を原告の負担とする。

事実

第一、当事者が求めた裁判

一、原告

(一)  被告広島刑務所長が昭和四四年三月二三日原告を広島刑務所から府中刑務所に移監した処分は無効であることを確認する。

(二)  被告国は原告に対し三五、五四〇円を支払え。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決

二、被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は恐喝罪により懲役三年に処せられ、昭和四四年一月二五日に呉刑務支所に入所し、同月二八日広島刑務所に移送されて、同所で服役していた受刑者であるが、被告広島刑務所長(以下被告所長という)は同年三月二三日に原告を広島刑務所から府中刑務所に移送した。

(二)  しかし、右移監処分は被告所長の裁量権を濫用したものであつて無効である。

すなわち、原告は広島刑務所職員の指示、命令をよく守り、まじめに服役し、所内の行状、成績も良好であつて、移送される理由はまつたく存在しないのである。被告所長は、原告が昭和四四年三月三日付訴状で広島地方裁判所に広島刑務所長を被告として図書閲読冊数制限処分等取消の訴えを提起したので、原告を右訴訟の期日に出廷させないようにするため移監したものである。そして、現に同月一五日に第一回準備手続期日(同月二八日)の呼出状を受けとつていたのに、右期日を目前にした同月二三日にあえて府中刑務所に移監して同期日に出廷させず、その後もまつたく期日に出廷させないのである。したがつて、被告所長がした本件移監処分は、裁判を受ける権利を保障した憲法三二条に違反しているというべきである。

さらに本件移監処分によつて、遠隔地に移されたため、原告は広島県に住む原告の家族との面会が困難になつており、これは親族との接見交通権を保障した監獄法四五条に違反するものである。

(三)  原告は、被告所長の次のような故意または過失に基づく違法な行為によつて、財産上、精神上の損害をこうむつたので、被告国は国家賠償法一条により原告に対しその賠償をする責任がある。

(1) (図書所持冊数制限処分)

原告は、昭和四四年二月七日被告所長に対し、行政訴訟を提起するについて必要な次の図書の閲読許可願いをした。

1監獄法構論   2行刑法演習

3新行刑法読本

4国家補償法・行政争訟法

5行政法演習   6法令用語辞典

7書式全書    8刑事訴訟法

9日本国憲法(附録最高裁判所判例集)

10六法全書

これに対し、被告所長は、右図書全部の閲読を許可するが、同時に所持できる冊数は三冊にかぎるとの制限をした。

しかし、受刑者といえども憲法で保障された思想、学問および信仰の自由を奪われるものではないから、本質的に拘禁目的を阻害するものでない限り、図書の閲読は自由であり、刑務所長の許可があつてはじめて閲読の利益を享受するという性質のものではない。しかるに監獄法(以下法という)三一条二項は、このように重大な基本的人権に対する制限に関して、これを抽象的、一般的に命令を委任しているから憲法違反の規定であると解されるところ、本件処分は右違憲の規定に基づいてされたものであるから違法な処分である。

かりに、右規定が憲法に反するものではないとしても、原告に一〇冊全部の図書を所持させても同法施行規則(以下規則という)八六条二項にいう監獄の取扱いに著しく困難をきたす虞がある場合に該当しないことは明白であるし、字書を除き二冊以下と定めていた同八七条の規定が削除されたことは、同時所持冊数の制限が緩和されたものと解されるだけでなく、昭和六年司法大臣訓令行中二、〇五二号収容者閲読図書取扱規程一七条、一八条により大幅に特例を認める余地を残しているのであるから、被告所長は原告の訴訟追行上必要欠くことのできない参考文献である前記図書全部の同時所持を許可すべきであるにもかかわらず、原告の訴訟追行を遅延させるために本件処分をしたものである。

そして、原告は、被告所長の右処分により、読む自由、知る権利が不当に阻害され、訴訟追行に著しい不便をきたし、慰藉料五、〇〇〇円相当の精神的苦痛を受けた。

(2) (裸体検身)

被告所長は原告が広島刑務所に在監中、日曜日と祝日を除く毎日、原告を全裸にして身体検査をした。その方法は、同刑務所職員が監房検査を行なう際原告を居房前の通路に出して着衣をぬがせて全裸にし、両手をあげ、口を開き、首を左右にふり、耳の穴を見せ、次いで半回転して両足を広げ、前にかがんで肛門を見せ足の裏を見せるというものである。

しかし、規則四六条は、在監者が工場または監外から還房する際在監者の身体と衣類を検査することを規定しているが、原告は独居拘禁中で工場に出役していないからこれに該当しないし、検査の必要もなく、せいぜい職員の触手による検査で目的を達することができるのであるから、本件裸体検身は被告所長の裁量権を濫用した違法なものである。

そして、原告は被告所長の右処分により厳寒時に身体的苦痛を受け、またはずかしい思いをさせられたのであり、その受けた精神的苦痛に対する慰藉料は二二、〇〇〇円が相当である。

(3) (新聞購読不許可処分)

原告が昭和四四年二月一三日被告所長に対し、読売新聞の自費による購読願いをしたところ、被告所長は同月一七日これを不許可処分にした。

しかし、新聞の購読は憲法一九条によつて保障されている知る自由の一内容であるから、刑務所長の許可があつてはじめて許されるものではなく、新聞の購読が拘禁および戒護上危険であることが明らかな場合でないかぎり禁止することは許されない。したがつて、本件処分は原告の知る自由を侵害した違法な処分である。

なるほど、被告所長は在監者に対して朝日新聞を回覧させているが、これは発行日から四日後くらいに原告に回覧され、しかも閲読時間が一五分以内に制限されているうえ定役中に読むのであるから、じゆうぶん閲読することができない。

原告は、被告所長の右処分により、知る権利が害され、そのために受けた精神的苦痛に対する慰藉料は二、三一〇円が相当である。

(4) (ノート使用制限処分)

原告は昭和四四年二月一七日看守を通じて被告所長にノートの使用許可の申出をしたが、許可処分がなかつたので、再度同年三月一九日に許可願いをしたにもかかわらず、原告が広島刑務所に在監中には許可がなかつた。

そのため、原告は憲法一九条ないし二一条で保障されている日記を書く自由を侵害され、慰藉料一、〇〇〇円相当の精神的苦痛を受けた。

(5) (戸外運動禁止処分)

原告は、広島刑務所に在監中、被告所長から、入浴日および免業日であるとの理由で、昭和四四年二月一日、八日、一五日、二二日、三月一日、八日、一五日、二二日の入浴日八回と同年二月二日、九日、一六日、二三日、三月二日、九日、一六日の日曜日七回および同年二月一一日と三月二一日の祝日二回計一七回にわたつて戸外運動を禁止された。

しかし、受刑者、ことに独居拘禁者である原告にとつては、毎日の戸外運動は健康を維持するため不可欠なものであり、入浴日の戸外運動を禁止した被告所長の処分は法三八条、憲法三六条、二五条に違反するものである。

原告は、そのために慰藉料五、一〇〇円相当の精神的苦痛を受けた。

(6) (雑誌の一部削除処分)

原告が昭和四四年二月一七日被告所長に、雑誌「新潮」(同年三月号)の購読許可願いをしたところ、被告所長はその一部を削除したうえで許可した。

しかし図書閲読の自由は憲法一九条によつて保障されており、受刑者に対しても拘禁および戒護上危険であること、あるいは矯正教化の目的を阻害することが明らかな場合でないかぎり、これを制限することはできないものである。右「新潮」は文芸雑誌であつて、いわゆるエロ本ではないし、原告は独居拘禁されていたのであるから、右制限可能な場合にあたらないものというべきである。

そして、原告は右削除処分により、雑誌について三〇円相当の損害と、慰謝料一〇〇円相当の精神的苦痛を受けた。

(四)  よつて、原告は被告所長に対する関係で被告所長がした移監処分の無効確認を、被告国に対しては三五、五四〇円の支払いをそれぞれ求める。

二、請求原因事実に対する被告らの答弁

(被告所長)

請求原因(一)項の事実は認めるが、同(二)項の事実は争う。

(被告国)

請求原因(一)項の事実は認める。

同(三)項の(1)のうち、原告が昭和四四年二月七日被告所長にその主張どおりの図書一〇冊の閲読許可願いをしたのに対し、被告所長が右図書全部の閲読を許可するが、同時に所持できる冊数は三冊にかぎるとの処分をしたこと、(2)のうち、被告所長が原告に対して原告が広島刑務所に在監中日曜日を除き毎日裸体検身をしたこと、(3)のうち、原告が同年二月一三日被告所長に対し読売新聞の自費による購読願いをし、被告所長が同月一七日これを不許可処分にしたこと、(4)のうち、原告が同年二月一七日に看守を通じて被告所長にノートの特別購入の許可を求めたこと、(5)のうち、原告主張の日に戸外運動をさせなかつたこと、(6)のうち、原告が同年二月一七日に被告所長に雑誌「新潮」(同年三月号)の購読許可願いをし、被告所長がその一部を削除したうえで許可したことは認めるが、その他は争う。

三、被告らの主張

(被告所長)

原告は、広島県下全域に勢力をもち、中国地方全域にも友誼団体を有する暴力団共政会の上級幹部であつて、昭和二八年一二月一七日殺人未遂罪により懲役八年に処せられ、昭和二九年一月二九日広島刑務所に入所したが、派閥抗争のため同年八月三日名古屋刑務所に移送され、さらに暴動を企図したため、昭和三一年八月二五日三重刑務所に移送された前歴を有するものである。

ところで、広島刑務所では、新たに入所した受刑者に対しては、身上調査終了後集団の新入教育班に編入し、一週間のオリエンテーションを施したのち作業を賦課して各工場に出役させ集団生活を行なわせる方式をとつているが、原告のように入所前に暴力団の派閥の中枢的地位を占めていた者とか、他の収容者と隔絶する必要のある特殊な収容者については、過去にも徒党を組んでの殺傷事故を起こした事例があるので、特に独居房に収容し、個別的処遇を行なうとともに他の刑務所に分散拘禁することにしている。

そして、原告は組関係離脱の意志がなく、広島刑務所には原告が所属している共政会会員とその系列下にあると認められる組員の合計約一一〇名およびこれと対立関係にある暴力団打越会系統と認められる組員約六〇名を収容している(共政会会員と打越会会員とは両会の対立抗争のため殺傷事件をおこし、その事件の刑事責任を追求されて広島刑務所に収容された者もある)。

したがつて、原告の属する暴力団の地元にある広島刑務所に原告を収容していることは、原告の意志いかんにかかわらず、原告が多分に組活動の中枢的存在となり、原告または系列内の者らが策動し、刑務所内で新たな派閥構成および両会の対立抗争を行なう危険がじゆうぶんうかがえるため、やむなく一応原告に対し独居処遇を行なうことにしたが、長期間の独居拘禁は健康上も適当でないので、これをさけることおよび本来の行刑目的を達成することのため、原告入所直後の昭和四四年一月三一日に広島矯正管区長を経て、法務省矯正局長あてに適当な他施設へ移送の上申を行なつていたところ、同年三月一八日移送の命があり、同月二三日府中刑務所に移送したものである。

右のような次第であるから、本件移監処分は被告所長の自由裁量の範囲内でした適法なものである。

原告を移監することは、前記のとおり、原告が図書閲読冊数制限処分等取消の訴えを提起するよりも前にすでに決定されていたものである。すなわち、新たに入所した者がある場合は、受刑者分類調査要綱第三により一五日以内に入所時検査を行なうことになつており、通常の場合はこの期間内で調査を行ない、その結果受刑者分類調査票の作成を行なつているものであるが、原告の場合は入所した当日前記理由にもとづく移監を内定したので、翌二九日から直ちに調査に着手し、同月三〇日付で右調査票の作成を完了し、翌三一日付で同調査票の写を添付して移送の上申を行なつた。したがつて、原告を右訴訟の期日に出廷させないようにするため移監したものである、との原告の主張はあたらない。

また、本件の場合原告を移監する必要があり、かつそれが合理的なものであることは前記のとおりであるから、かりに移監により原告の親族の住居との距離が遠くなり、そのため交通上の不便を生じたとしても、原告の外部との接見交通権を侵害したことにはならない。

(被告国)

被告所長のした行為については次のように根拠のあるもので、違法な点はないし、故意過失もないから、被告国が損害賠償の責任を負う理由はない。

(1) (図書所持冊数制限処分)

原告は、入所直後の昭和四四年二月七日に、行政訴訟の提起および告訴をするのに必要であるとして原告主張の法律図書一〇冊の閲読願いを提出したものであるが、被告所長は図書閲読に関しては法三一条、規則八六条、収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程(昭和四一年法務大臣訓令矯正甲一三〇七号)によりその取扱いを行なつており、本件図書の閲読許可についても監獄の拘禁目的である身柄の確保、紀律の維持の支障のある部分の削除・抹消を前提として前記大臣訓令にもとづきその同時所持冊数を三冊として許可したものである。そして、その後必要のつど本件一〇冊の図書の中から出願により交換のうえ閲読することを許可しており、原告はこの交換による閲読を一回行なつているし、他に原告は官本(刑務所所有の書籍)の辞典・経典および学習用図書を同時に所持することができたものである。

したがつて、本件処分に違法な点はない。

(2) (裸体検身)

広島刑務所では工場出役者については朝の出業時と夜の還房時に、独居拘禁については免業日を除き午前七時三〇分の就業後間もなく係職員による居房捜検と同時に、裸体検身を行なつている。その方法は一監房ずつ在監者を自己の居房前に衣服をもつて立たせ、係職員だけが一メートルくらい離れた位置から身体の各部を観察し、続いて衣類を一枚ずつ触手検査するもので、他の者はこれを見ることはなく、その所要時間は数十秒程度のものである。

右裸体検身は、反則事故を度々行ない、集団処遇の困難な者、その他心情不安定な者を多数収容している独居舎房においては、暴行・傷害・自殺および逃走等の不祥事故を未然に防止するうえからも必要な処置であり、とくに原告の素行・前科、以前収容されていた刑務所における行状、広島刑務所の設備の現状にかんがみ、兇器等の隠匿等、事故につながる事態を未然に発見し、これを防止するための観察の徹底を期する方法として行なつたものである。

したがつて被告所長の裁量の範囲内の行為であつて違法ではない。

(3) (新聞購読不許可処分)

広島刑務所では朝日新聞を備え付けて受刑者に閲読させている。そして、受刑者の自費による購入は、各種新聞の検閲および不当個所の抹消等の事務の困難さ、その他運営上好ましくないとの理由で法務大臣訓令そのものが認めていないものである。

したがつて、朝日新聞閲読の上にこれと同じような読売新聞の自費購入を認める理由はなく、本件処分は違法ではない。

(4) (ノート使用制限処分)

広島刑務所では、受刑者が使用する一般ノートについては、その種類を日章ノート6A30(二二枚つづり)とし、所持期間および数量を二か月に一冊としているが、これらはいずれも管理上一応の基準として定めたもので、使用者個々について必要があるときはその出願により適宜使用許可することができるとされている(昭和三五年達示二七号、受刑者の自己用途物品及び自弁品使用許可内規、昭和四〇年達示四号広島刑務所受刑者使用雑記帳取扱内規)。

原告に対するノートの使用制限も、これによつた適法な処置であり、本件について、原告から前記出願はなかつたものである。

(5) (戸外運動禁止処分)

法三八条は在監者が健康を保つのに必要な程度の運動を保障しているものであり、規則一〇六条は戸外運動が代表的な運動方法であることから、刑務所長に対し一応の標準を示した行政命令である。

そして、広島刑務所では、独居拘禁者につき、平日は戸外で、体操その他適当なレクリエーションを四〇分間行なわせ、さらに免業日を除いて監房内で午後の休憩時間(一五分間)を利用して業間体操を実施させているから、原告の健康保持に必要な運動はじゆうぶん保障されている。

なお、免業日と入浴日に戸外運動を実施しないことは広島刑務所の施設の状況・収容者の種類や数、職員の配置や勤務状況等を勘案してとられた処置である。

したがつて、本件処分は違法ではない。

(6) (雑誌の一部削除処分)

被告所長が雑誌「新潮」について削除をしたのは次の部分である。

鉛の冬  (井上元義著)

六ページないし 二〇ページ

鋏    (帯正子著)

二一ページないし 三六ページ

タヒチ  (藤川朝子著)

一一五ページないし一一六ページ

破れた靴 (三浦佐久子著)

一七七ページないし一七八ページ

右の各作品はいずれも文学作品であり、いわゆるエロ本とはその内容をやや異にするが、いずれも、母子相姦、嬰児殺し、同性愛等異常性愛等を内容とするものであり、受刑者の教化上適当でないので、これを削除したものである。

したがつて、右処分は違法ではない。

第三、証拠関係<略>

理由

第一被告所長に対する請求についての判断

一請求原因(一)項の事実(原告の服役と移監処分の存在)は当事者間に争いがない。

二そこで、本件移監処分が被告所長の裁量権を濫用してされたものであるかどうかについて検討する。

<証拠>と弁論の全趣旨によれば、原告は広島刑務所在監中には、同所職員から服役態度や行状等について特に注意を受けるようなこともなく、その受刑成績は普通よりも悪くなかつたと認められる。次に、本件記録によれば、原告は昭和四四年三月三日付訴状で広島地方裁判所に広島刑務所長を被告として図書閲読冊数制限処分等取消の訴えを提起し(同月一二日受付)、これに関する第一回準備手続期日が同月二八日に指定され、その期日呼出状が同月一五日原告と被告にそれぞれ送達されたこと、しかし、原告の移送を受けた府中刑務所長は処遇上の困難を理由に右期日およびその後の準備手続期日、口頭弁論期日に一度も原告を裁判所に出廷させる処置をとらなかつたことが明らかである。また、<証拠>によれば、原告の妻弘子は広島県佐伯郡大柿町に居住しているものと認められるから、原告が広島刑務所から府中刑務所に移送されたことにより、その妻や親族らが原告と接見することが遠隔地であることのため不便を増したであろうと推認される。

他方、<証拠>ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

原告は、広島県下全域に勢力をもち、中国地方全域にも友誼団体を有する暴力団共政会の幹部であつて、昭和二八年一二月一七日殺人未遂罪により懲役八年に処せられ、昭和二九年一月二九日広島刑務所に入所したが派閥抗争のため同年八月三日名古屋刑務所に移送され、さらに同所で暴動を企てたため、昭和三一月八月二五日三重刑務所に移送された前歴を有するほか、窃盗、強盗、暴行、傷害等の前科前歴を有する者である。ところで、原告が広島刑務所に在監していたころ、同刑務所には前記共政会会員とその系列下にあると認められる組員約一〇〇名およびこれと対立関係にある打越会系統と認められる者約六〇名を収容していたので、同刑務所で原告の収容を継統することは、原告またはその系列内の者らが策動し、新たな派閥構成および右両会の対立抗争が生じる危険があつた。そこで、被告所長は原告を独居拘禁に付したが、昭和四四年一月三〇日の長期間の独居拘禁は健建上適当でないので、これをさけることおよび本来の行刑目的を達成することのため、他施設への移送が望ましいとの受刑者分類調査結果に基づいて、翌三一日広島矯正管区長を経て法務省矯正局長あてに他施設への移送を上申した。そして、同年三月一八日移送の命令があり、本件移監が行なわれた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実関係に照らすと、被告所長がもつぱら原告の訴訟追行を妨げるために本件移監処分をしたものとは認めがたい。そして、移監により原告の出廷その他訴訟追行が困難になることを被告所長が予測しえたと推認できるが、前認定のような移監の理由と必要性が認められる本件では、右の点を考慮にいれても、被告所長の本件移監処分がその裁量を誤つてされたものであるとは認めがたい。

また、移監による家族らの接見についての支障の点も、前認定のような事実関係のもとでは本件移監処分を違法とするものとは解されない。

そして、他に本件移監処分が被告所長の裁量権を濫用してされたものであると認めるにたりる証拠はない。

三そうすると、原告の被告所長に対する本訴請求は理由がないというべきである。

第二被告国に対する請求についての判断

一(図書所持冊数制限処分について)

原告が、昭和四四年二月七日被告所長に対しその主張どおりの図書一〇冊の閲読許可願いをし、被告所長が右図書全部の閲読を許可するが、同時に所持できる冊数は三冊にかぎるとの処分をしたことは当事者間に争いがない。

ところで、図書を閲読するにはその所持を必要とするのが通常であるが、受刑者に関しては、閲読図書が多数の場合、舎房の広さとの関係あるいは逃走用具や兇器または逃走・暴動のための連絡文書等を隠匿することを防止することにつき刑務所の取扱いに著しい困難をきたす虞があるときは、閲読図書の同時所持冊数について制限が加えられることもやむえないもので、規則八六条二項も右の趣旨を規定したものと解される。

被告所長の原告に対する前記処分は、原告出願の図書一〇冊全部の閲読とそのうち三冊の同時所持を許可し、これをこえる冊数の図書の同時所持を不許可にしたものであると考えられるところ、右のような同時所持の図書の冊数に制限を付すのでなければ、広島刑務所の取扱いに著しい困難をきたす虞があつたとは認めがたい。しかも、原告が昭和四四年二月七日に行政訴訟の提起および告訴をするのに必要であるとして本件図書の閲読願いを提出したものであることは被告国自ら述べるところであり、法律の専門家でない原告が訴訟を維持し追行するためには本件の各図書を常時閲読できる状態に置いておくことが望ましいことはいうまでもない。

この点に関し、<証拠>によれば、閲読許可のあつた図書のうち三冊をこえる分については必要のつど出願により交換することによつて所持することが可能であり、原告もこの交換による閲読を一回行なつたこと、原告は本件図書以外にも官本の辞典、学習用図書等を同時に所持することができたものであることが認られる。しかし、他方右証言によれば図書の交換には三日くらい要するのが普通であることが認められるし、官本の辞典等の所持が可能であつたとしても、前記判断を左右するものとは考えられない。

また、被告国は、本件処分は私本の同時所持冊数を三冊以内と規定している法務大臣訓令(昭和四一年矯正甲一三〇七号)に従つてしたものであるといい、右訓令(乙一二号証、一三条)によれば、個人に同時に所持させることができる私本は三冊以内とする旨規定してあるが図書閲読の自由は憲法二一条によつて保障されている表現の自由と密接な関係があり、その一側面と解しうるものであるから、受刑者といえどもじゆうぶんその自由が尊重されなければならないものであることおよび前記説示のような規則八六条二項の趣旨から考えると、右規定は刑務所長に対し一応の判断基準を示したものにすぎないと解すべきである。

そうすると、被告所長が原告に対し、一〇冊の図書のうち三冊をこえる分についての所持を許されなかつた本件処分は、法三一条、規則八六条に違反するものである。

そして、前記のような事実関係のもとにおいては、被告所長には右処分をするについて過失があつたものと認められ、右違法な処分によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は二、〇〇〇円が相当である。

二(裸体検身について)

被告所長が、原告の広島刑務所在監中、日曜日の祝日を除き毎日原告に対して裸体検身をしたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右検身の方法は原告主張のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は、右裸体検身が被告所長の裁量権を濫用した違法な処分である、と主張する。

しかし、法一四条、規則四六条によれば、受刑者の身体検査は、新たに入監する場合、工場または監外から還房する場合には原則として必ずこれを行なうべきものとし、その他の場合にはこれを行なうかどうか、その方法、時間等について刑務所長の自由裁量に委ねているものと解される。そして、<証拠>によれば、広島刑務所は、無期懲役をはじめ収容期間が長期にわたる受刑者や処遇困難な累犯受刑者を多く収容している重警備の刑務所であり、しかも、当時二五〇名ないし二六〇名の暴力団関係者を収容していたものであることが認められ、右事実に前記第一で認定したような原告の前科、前歴等をあわせ考えると、独居拘禁中の原告に対しても、兇器をはじめ逃走や暴動の計画ないし準備のための文書を隠匿する等の事故につながる事態を未然に発見し、これを防止するための検査の徹底を期する方法として裸体検身をすることは許されるものというべきであり、被検者のしゆう恥心を考慮すると、その方法に改善の必要がないではないが、この点を考慮にいれても、なお本件裸体検身が被告所長の裁量権を濫用したものであると認めることはできない。

したがつて、原告の主張は理由がない。

三(新聞購読不許可処分について)

原告が、昭和四四年二月一三日被告所長に読売新聞の自費による購読願いをしたのに対し、被告所長が同月一七日これを不許可にしたことおよび同刑務所では朝日新聞を備えつけて受刑者に回覧していることは当事者間に争いがない。

ところで、新聞は社会に発生するさまざまな出来事や意見等を報道するものであり、国民が新聞を読むことによつてこれを知る自由は、表現の自由の他の側面として、憲法二一条によつて保障されている、と解されるから、受刑者に対しても、合理的な理由がないのに新聞の閲読を禁止することは許されないというべきである。

<証拠>によれば、原告のような独居拘禁者に対しては、広島刑務所が回覧している朝日新聞はおおむね二日くらい遅れて回覧され、その閲読時間は一五分間であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右のような事情では、朝日新聞を回覧していることをもつて、原告が自費で読売新聞を購読することを禁止する合理的な理由とはしがたい。また、被告は、受刑者の自費による購入は、検閲および不当個所抹消の事務が困難であることなど刑務所の運営上好ましくない旨主張し、証人田村定夫の証言中には右主張にそう部分があるが、自費による購読を希望する受刑者の数が多数あるとか、その希望新聞紙の種類が多数あるとか、の事実の主張、立証のない本件では、検閲および不当個所抹消の事務のため刑務所の取扱いに著しい困離をきたす虞があると認めることもできない。

そうすると、被告所長が原告に対してした本件新聞講読不許可処分は憲法二一条に違反する違法な処分だというべきである。

そして、前記のような事実関係のもとにおいては、被告所長には右処分をするについて過失があつたものと認められ、被告所長の右違法な処分によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は一、〇〇〇円が相当である。

四(ノート使用制限処分について)

原告が昭和四四年二月一七日に看守を通じて広島刑務所長にノートの特別講入の許可を求めたこと(原告は使用許可願いというが、同じ意味であると考えられる)は当事者間に争いがない。そして、<証拠>と弁論の全趣旨によれば、原告が昭和四四年一月二九日にノートの使用許可願いをしたのに対し、同年二月一日ころ、雑記帳として日章6A30(二二枚)のノートが一冊許可されたこと、原告の前記二月一七日の許可申請に対しては被告所長からなんらの処分がなかつたので、原告はさらに同年三月一九日に許可願いをしたが、被告所長はすでに同月一八日に原告を府中刑務所に移送することを決定していたので、手続的な面を考慮して、右ノートの使用を許可するかどうかを留保したことが認められ、前記証人の証言中右認定に反する部分は弁論の全趣旨に照らして採用しがたく、他に右認定を動かすだけの証拠はない。

ところで、規則八八条は「在監者には情状により其監房内に於て自弁に係る筆記用紙の使用を許すことを得」と規定しているところ、ノートは、逃走や暴動その他刑務所の秩序ないし規律を乱す行為の連絡等の文書として使用されるおそれがあるから、受刑者にその使用を許すかどうか、許可すべき数量等は刑務所長の自由裁量に委ねられているものと解される。そして、証人田村定夫の証言によれば、広島刑務所では内規でノートの使用を二か月に一冊と定めていることが認められるが、右は前記説示に照らし広島刑務所における取扱いについて一応の基準を定めたものであり、被告所長の裁量で右基準をこえて使用することを許すことはもとより可能なものである、と解するのが相当である。

そして、先に認定した事実関係を考慮すると、被告所長が二月一七日のノート使用の出願に対してなんらの処置をせず、また三月一九日の出願に対して処分を留保したことは、必ずしも当を得たものとはいいがたいけれども、進んで被告所長の裁量権の行使に濫用があつたとまで認めることはできない。

なお、原告は、広島刑務所長の前記不作為により憲法一九条ないし二一条で保障されている日記を書く自由を侵害されたと主張するが、かりに日記を書く自由が右法条で保障されているとしても、すでに説示したところに照らし、被告所長の前記不作為が違憲違法なものであると認めることはできない。

したがつて、原告の主張は理由がない。

五(戸外運動禁止処分について)

被告所長が、原告の広島刑務所在監中、原告をその主張の日に戸外運動させなかつたことは当事者間に争いがない。

ところで、規則一〇六条は、在監者には雨天のほか毎日戸外で運動をさせるべき旨規定しているが、法三八条、憲法二五条によつて保障されるのは在監者が健康を保つに必要な程度の運動であると解されるだけでなく、雨天の日が長期間続く場合には戸外運動にかわる他の運動をさせる必要があると解すべきものであるから、規則一〇六条は戸外運動が運動の代表的な方法であるところから、これを例に運動の一応の基準を示したものと解するのが相当である。

<証拠>と弁論の全趣旨によれば、広島刑務所では、独居拘禁者に対し、平日は徒手体操、エスキー・テニス等の戸外運動を四〇分間くらい実施し、免業日を除き毎日監房内で午後の休憩時間(一五分間)を利用して業間体操を実施しており、原告に対しても右のような運動が行なわれたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実と入浴が肉体的にも精神的にもある程度運動にかわる効果を有するものであることを考慮すると、被告所長が原告に対し免業日と入浴日に戸外運動をさせなかつたことをもつて、原告の健康を保つに必要な運動が保障されなかつたものということはできない。

そうすると、被告所長が原告主張の日に戸外運動をさせなかつたことが法三八条および憲法二五条に違反する、との原告の主張は理由がない。

また、それが原告に対して拷問をしもしくは残虐な刑罰を科したことに当るとはとうてい認めがたいから、憲法三六条に違反するとの主張も採用できない。

六(雑誌の一部削除処分について)

原告が昭和四四年二月一七日被告所長に雑誌「新潮」(同年三月号)の購読許可願いをしたのに対し、被告所長がその一部を削除したうえで許可したことは当事者間に争いがなくまた、その削除部分は

鉛の冬 (井上元義著)

六ページないし 二〇ページ

鋏   (帯正子著)

二一ページないし 三六ページ

タヒチ (藤川朝子著)

一一五ページないし一一六ページ

破れた靴(三浦佐久子著)

一七七ページないし一七八ベージ

であつて、右の各作品がいずれも文学作品であることは被告自ら述べるところである(前段については原告も否定していない)。

ところで、すでに説示したとおり図書閲読の自由は受刑者といえどもじゆうぶん尊重されるべきものであるが、もとより無制限なものではなく、その図書を閲読させることにより刑務所における規律保持や受刑者の矯正教化の目的を阻害するが虞がある場合には、右自由が制限されて、その図書の閲読を許さず、もしくはその虞のある部分を削除することも許されるというべきである。

そして、受刑者の多くが一般社会における適合性を欠くがゆえに受刑生活を強いられている者であること、受刑生活が一般社会から隔離された特殊な場所でのそれであり、しかも異性に接する機会もほとんどないものであること、受刑者には常に戒護上の不安があること、行刑目的を達するためには心理的矯正が必要であること等を考慮すると、ある図書もしくはその一部分が制限の対象となるかどうかの判断は、刑務所長の専門的、技術的な判断に委ねられていると解するべきであり、その処分が前記制限の趣旨に反する場合に、その処分が違憲になると考えるのが相当である。

<証拠>により本件離誌の削除部分であると認められる個所を検討すると、「鉛の冬」は嬰児殺および母子相姦という犯罪行為、異常性愛を取扱つた作品であり、「鋏」のうち削除部分は女性どうしの同性愛という異常性愛を描いたものであり、「タヒチ」と「破れた靴」のうち削除部分はいずれも男女の性愛に関する場面を比較的具体的に描いたものであることが認められるところ、前記のような刑務所における生活の特殊性や行刑目的上の要請等に照らすと、原告に右のような本件雑誌の削除部分を閲読を許しても、広島刑務所内の紀律保持ないし戒護上の危険がなく、矯正教化の目的を阻害する虞もないことが明らかであるとはいいがたい。

そうすると、被告所長がした本件雑誌の削除は、被告所長に委ねられた裁量の範囲内のものであつて適法だというべきであるから、原告の主張は理由がない。

七(むすび)

そうすると、被告国は国家賠償法一条に基づき被告所長がした前記一(図書所持冊数制限処分)および三(新聞購読不許可処分)の違法な処分によつて原告がこうむつた損害の合計三、〇〇〇円を原告に対して賠償する義務がある。

第三結論

よつて、原告の被告広島刑務所長に対する請求は理由がないから棄却し、被告国に対する請求は右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その他は理由がないから棄却することにし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条にしたがい、主文のとおり判決する。(辻川利正 北村恬夫 喜久本朝正)

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